『アンディ・ウォーホル展』雑感

現在開催中の『アンディ・ウォーホル展:永遠の15分』に、展示開始早々行ってきた。国内過去最大の回顧展であり、シンガポール、香港、上海、北京と廻ってきたアジア巡回展の最後を飾る本展は、約400点にも上る作品が一堂に会する見応えのあるものだ。

 

会場は、自身のポートレイトから始まり、50年代の商業デザイナー/イラストレーター時代、アーティストとしての名声を獲得した60年代、より多様な作風となった70〜80年代、とほぼ時代を追ったかたちで構成されており、60年代に数々の作品を”製造”したニューヨークのスタジオ「シルバー・ファクトリー」の一部を原寸大で再現した一角もあって楽しい。私などの世代つまり80年代に10代を過ごした人々にとってのウォーホル体験は、(当時の)セレブリティの注文肖像画、マリリン・モンローエルヴィス・プレスリーといった「スターの肖像」シリーズ、キャンベル・スープ缶など様々な年代の作品の「複製品」(それはポスターだったり、レコードジャケットだったりした)であった。また、ビデオテープのCMの、ウォーホル自身が片言の日本語で喋る映像が、TVを通じて昭和のお茶の間に届けられたことが印象に残っているという方も多いのではないだろうか。

そうした、一般的によく知られる作品の実物(そもそも実物という概念も疑わしくなるのだが)を観ることができるのだが、個人的に面白かったのは、商業デザイナー/イラストレーター時代の作品と、映像作品だ。前者からは、ブロテッド・ライン(鉛筆の下絵をインクでなぞり、別の紙に転写することで「掠れ」や「滲み」を伴った線を生み出す技法)による女性ものの靴、3つの異なるスタイリングを描いたファッション像などから1950年代当時のアメリカのファッションの傾向を窺い知ることができる。「アメリカ黄金期」とはよく言ったもので、この頃のスタイル、とりわけ女性のそれにおけるエレガントなムードは、後の時代にもたびたび参照されているのはご存知の通りである。
後者の映像作品では『エンパイア』(1964年)や『スクリーン・テスト』(1963〜66年)などの、静的な映像に神経が研ぎ澄まされる。あまり動かないものを観続けることで、鑑賞者自身の身体的、時間的揺らぎが大きなものに感じられるのが面白い。

ポップアートという範疇に括られることの多いウォーホルの作品は、当然のことながらその時代のアメリカとそれをとりまく諸国の社会、経済、政治情勢を考えながら鑑賞する方が、より楽しめる。アイコニックな作品が生まれた時代に何が起こっていたか? 時代はどのように彼に影響を与えていたか? 展覧会に訪れたなら、ぜひ図録を求め、鑑賞の記憶を反芻しながら、彼の時代に思いを巡らせてみてはいかがだろうか。表層をなぞって分かった気になるには、あまりに勿体ない展示である。


ところで、上記のような視線を持って観てみたいのは、先日から水戸芸術館現代美術ギャラリーで始まった展覧会『拡張するファッション』である。コレクターではなく大衆に向けた表現であるところのファッションのなかにあって、90年代に登場した「日常への視点」「自発性(D.I.Y.)」「マルチアウトプット」といった傾向を内包する何組かのデザイナーたちの独特な創造性を、社会と接続しながら改めて考えてみたい。

 

※メディア向けメールニュース「BEAMS NEWS」#215 に寄稿したエッセイに加筆