技術の進歩が生む多様性—『本の逆襲』を読んで

「これからは〇〇」「もう〇〇は終ってる」

といった会話を耳にすることが少なくない。

「ラジオスターの悲劇」よろしく、以前からあるものを

ないことにしてしまうような向きも多いように思う。

 

ブックセレクターであり、下北沢の新刊書店「B & B」を経営する

内沼晋太郎くん(numabooks)の新著『本の逆襲』(朝日出版社)が

12月中旬に発売された。

本というと「(主に)紙に印刷され、綴じられたもの」を

思い浮かべる方が圧倒的だろうが、『本の逆襲』で言う「本」は

それとはやや趣を異にする、より拡張された概念としての本である。

 

「本が現在のような冊子状になったのは、

羊皮紙という素材が生まれて以降のことです。

印刷技術が生まれて複製可能になり、手書きの必要はなくなりました。

その後デジタル技術が生まれて、印刷の必要がなくなったと同時に、

冊子ではなくまるで石板や樹の皮のような、

一枚のタブレット状にまた戻ったのが現代である、

とも言えるでしょう」(P.42)。 

 

筆者の見解に拠れば、電子書籍はもちろんのこと、

企業が作る商品カタログ、それを転用したウェブサイト、

Evernote上のテキスト、はたまた携帯のアドレス帳や

撮った写真をプレビューするデジタルカメラまでもが本である。

すなわち「本はもはや定義できないし、定義する必要がない。

本はすべてのコンテンツとコミュニケーションを飲み込んで、

領域を横断して拡張していく(P.45)」ということである。

 

かつては紙の本だけだったのが、時代が進んでより多様になる。

アドレス帳やデジカメはやや極端な例に感じられるところもなくはないが、

用途や好みに応じて「なにを選ぶか」を私たち自身が

決めることができるようになったのは間違いのない事実であり、

そうした側面だけ見ても、「本が売れない」と言われるなかにあって、

本という存在はむしろ広がりを見せていると言えるだろう。

こうして拡張された「本」を交えた(使ったではなく)

コミュニケーションを生み出す機会を、内沼くんは色々仕掛けている。

まだ一度しか実現していないが、内沼くんが選書した本を

来場者全員が各々のペースで読み、

その間に私が即興で選書のイメージから音や音楽をつける、

というイベント「honne(ホンネ)」も、

そうした試みのうちのひとつであった。

これはまたいつかやりたいと、ずっと思っている。

 

『本の逆襲』の最後に、この本のタイトルは、

電子書籍の登場により(紙の)本が危機に曝されるということを

ネガティブな言葉で煽ってベストセラーになった

幾つかの書籍へのアンチテーゼである、

ということが書かれている(あえて引用はしない)。

供給側(この本では出版業界)にいると、

そのなかでの価値観、物差しで物事を判断してしまいがちである。

新しい技術を伝聞推量形でもって説いて、

「だからあれはもう終わり」「次は〇〇だ」と言うことは簡単だが、

そうしたことの積み重ねがシーンや文化を衰退させていることを

忘れてはならないし、単純な二元論ではなく、

その中間のグラデーションの存在に気付くことこそが必要であろう。

 

現代における技術の進歩というのは、選択肢の多様化である。

『本の逆襲』は、そうしたことも私たちに教えてくれる。

「本」を違う言葉に置き換えながら読み進めるのもよいだろう。

選択肢が多様化しているのは、なにも本だけではないのだから。

 

ところで、今ならラジオスターは死なずに済むと思うのだが、どうだろう?